mamaBlog ママたちのおはなし。


現在、高校生のための院内学級は設置されていないケースが多く、高校在学中に難病などで長期入院した場合、学業や卒業に向けたサポートは充分にありません。
今回お話しを伺った作業療法士を目指す大学1年生の佐野雛子(さのひなこ)ちゃんは、学生時代に、辛い闘病生活を経験しました。学業と闘病の両立が困難な状況となった彼女は、高校の学校制度を変える大きなキッカケとなるアクションを起こします。元気になった今だからこそ語ることのできる彼女の”想い”に耳を傾けてみました。

心のどこかでは、病気ではないと思っていた。
だからこそ現実を受け入れるのが辛かった。

私の病気は消化器系の疾患で治すのが難しいものでした。 今もはっきりとした病名はわかっていません。発症は中学3年生の時ですが、もっと前から症状があったかなと思えばあったと思います。でも原因がわからず、消化器系に原因があるとわかったのは高校1年生の時で、本格的な治療を始めました。

何度検査しても異常がないと言われていて、心のどこかでは病気じゃないんじゃないかなと思っていました。 だからこそ、病気がわかってからのショックが大きかったんです。まさかあんなに入院生活が長引くとは思わなかったし、治療もこんなに辛いと想像してなかったです。薬はステロイドを大量に使っていたので顔が丸くなったり、体型も中心だけ太って足だけ細くなったりと自分の外見の変化にすごく戸惑ってしまいました。 夜に点滴でステロイドを入れられると全然寝られなくなってしまって、気がついたら朝だったこともありました。

助けて欲しいけれど、少しづつ助けてくれる環境がなくなっていって。
なら、自分で動くしかない。と思った。

高校1年生までは、割と担任のクラスの先生と友達の理解があり学校に行くのを楽しみに治療を頑張っていました。その環境が変わったのが高校2年生からでした。友達は進路や受験勉強で大変になってしまい、担任の先生はあまり理解してくれませんでした。退院して久しぶりに復学した時、暖かく迎えてくれるんじゃないかと思って教室に入ったら、”不登校の子”みたいに思われてしまって・・・。その後 すぐに入院しなければいけなくなってしまいました。

高校3年生になって学校に復帰できたけれど、まだ薬も使っていたし、体調もあまり良くない状況でしたが、もう大丈夫と思われてしまって。 助けて欲しいのに、助けてくれる環境がなくて、学校に通うのが嫌になってしまいました。

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入退院を繰り返す雛子ちゃんに
卒業のための”単位”という壁が立ちはだかりました。
試験は教室で受けなくてはならず、
外出許可をもらい点滴を抜いてフラフラになりながらの受講。
そんな辛い経験をした彼女はあるアクションを起こします。
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まずは、自分の学校の校長先生に、『わたしは今こういうことに困っていて、学校に通えずにいる』ということをお話しさせていただきました。その中で、 ”病気の子がちゃんと卒業できるような制度”を作って欲しい。とお願いをしました。 その時は校長先生からわかりました、と返事をもらえたけれど、何も変化がなくて。 残念ながら今もその制度はありません。

それなら一番上の人に言うのがいいのかな、と思って神奈川県知事に手紙を書いてみました。
手紙を書いてから2週間後に ”制度が出来たので一緒に記者会見に出てください。”と神奈川県から連絡が来て、最初は何がなんだかわかりませんでした。今では、制度ができたおかげで、その制度を現在も利用している子がいると聞いてほんとに良かったなと思っています。 けれど、まだ、私立の子には適用されなかったり、通っている学校とか、自分がいる県で差が生まれているので国で統括してくれる日が来ればいいなと思っています。

障がいもひとつの個性。
入院中の出会いが将来を決めるきっかけに。

私は、もともと医療のことにすごく興味を持っていました。 入院時に隣にいたダウン症の子のお母さんの言葉がとても私には衝撃的でした。「障がいはひとつの個性なんだ」って教えてくれました。 障がいのある子を割と差別的な目で見てしまっていたけれど、それ以降は、障がいも個性のひとつだし、普通の子と変わらないんだと思うようになりました。 そこから障がいを持った子をケアしたいと思うようになっていきました。 自分が病気で入院していた時からリハビリを受けてきた作業療法士さんをずっと見てきたので、自分も作業療法士になりたいと思うようになりました。





私も何かしなきゃと思えたのは、
自分と同じ想いの人がたくさんいたから。

私がハンドスタンプを知ったのは、入院していた時に研修に来ていた大学生の方が教えてくれたのが きっかけです。すぐに自分も参加してみよう思いました。 スタッフの方々も一生懸命、現状を変えようとして動いているのを見て、やっぱり自分もなにかしなきゃなと思ったし、私だけじゃなくていろんな人が同じことを思っているんだなと心強く思いました。 どうしても病気とか障がいを持っていると孤独とかを感じやすいと思いますが、ハンドスタンプはそういう人がみんな集まってる場なので気軽に参加して欲しいと思います!


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ママの想い
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Q 雛子ちゃんが病気の時を振り返って

今でこそこんなに元気になったので忘れていることも多いですけれど、 一番大変だったのは、本人も言っていた高校3年生の時ですかね。 高校に入って2年間通った学校を卒業したいけれども、出席日数とかの問題でそれがちょっと難しい状況な った時に、やはりそういう(病気の子の卒業をサポートする)しっかりとした制度がないっていうのは厳し いなと思いました けれど、彼女は、自分のことも辛かったでしょうけど、 辛いことを辛いままにせず、問題提起するというか、社会に訴えるというか そういうことをしたっていうのは、後の続く人にや、同じような病気で苦しんでいる人にとっても良かった のではないかなと思いますね。


Qお母さんが一番辛かったことはなんですか?

試験を受けに行かなければ単位が取れず卒業が出来ない状況で、 病院から学校まで試験を受けに行くのに、お医者さんに試験の間だけ外出許可をもらって、 点滴を抜いて連れていって、(試験が終わったら)フラフラの状態で、また連れて帰っていたのですが、そ れを見るのは、私の中では精神的に一番辛かったですね。 こういう大変な思いまでして行かなければいけないのかなって、思いました。けれど、子供が一番辛いので、私自身が辛かったなんて言っちゃいけないと思うんですけど、 親は親で人間なので、やっぱり辛い時ってあると思うんです。 病気を持っているお子さんのお母さんってすごい頑張っていると思うので、 自分が辛いって言っちゃいけないんじゃないかなと思われるんですけど。 子供の前では弱い部分は見せられないですけど、そんなこと全然思わなくていいと思います。


Q雛子ちゃんが病気になって変わったことはありますか?

親が子供を見るのは当たり前なんですけど、子供の方から「ありがとう」とか「感謝してる」とか、 そういう言葉が返ってくるようになったのは彼女が病気になってからなんです。 そして、親も子供がすごく大きい存在なんだっていうのが改めてわかるんですよね。
どの親御さんも、子供が病気になったら”絶対変わってあげたい”って思うと思うんですよ。 でも現実は、変わってあげられない。 じゃあ何ができるのかと考えた時に、何でもしてあげたり、甘えさせるのではなくて、 自分のできることはしてあげたいって思うようになりましたね。
あとは、私は子供に早く自立してほしくて割と距離を離して育ててきたんですけど、 病気になって、ぎゅーって距離が縮まりました。 いい意味での仲良し?だと思います。喧嘩もしますけど(笑)
(雛子ちゃん) 中学校くらいで一番友達といる期間を病院で過ごしているので、 話す人がママか保育士さんしかいなかったので。 他の子と比べてママと仲がいいからそれは良かったかなと思います。


Q雛子ちゃんの進路についてどう思いますか?

元気でとにかく1年間寮過ごしたっていうのは第一なんですけど、 小児の療育の方に携わりたいって気持ちがさらに強くなっているので、 できたらそういう道に、進めたらいいなのかなと思っています。 それで、絶対的に必要な人になってほしいかなって。
いろんな意味で彼女は気持ちはわかると思いますし、 そういう気持ちのわかる人が増えるといいかなって思うんでうよね。
元気になればまた、いろんなことができるよって彼女なら言ってあげられると思うし 先が目なくて不安だなって思っている子でも 少しづつ良くなれば、こういうことができるよって伝えられると思うので。 頑張ってほしいと思います。

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